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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1554号 判決 1979年8月08日

控訴人 大熊重太

右訴訟代理人弁護士 村山廣二

被控訴人 加藤岩滿

右訴訟代理人弁護士 三森淳

赤松岳

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決添付別紙物件目録(一)記載の土地について、昭和五一年九月二三日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は、

一  被控訴人と控訴人間には本件土地につき昭和五一年九月二三日売買契約が成立した。仮に被控訴人の売却の意思表示が単なる雑談的なものであったとしても、これは表意者たる被控訴人の心裡留保であり、相手方たる控訴人には売却の有効な意思表示である。

二  控訴人と永井平四郎間には、本件土地建物につき被控訴人が控訴人に本件土地を売却することを停止条件とする停止条件付売買契約が締結されたものであるが、右停止条件が不成就にきまったので、右契約の効力は発生しなかった。そしてまた、永井平四郎は終始本件土地を占有使用したことはない。右契約が効力を発生しなかったのであるから、本件建物の所有権も控訴人から永井に移転せず、従って、控訴人の右売買行為には民法六一二条が予定している本件土地の賃貸人たる被控訴人の利益侵害の危険はないから、同条による解除権は発生しない。

三  甲第一号証(公正証書)は、本件土地についての被控訴人と控訴人の賃貸借契約の継続中に作成されたもので、従前の賃貸借契約の内容をなんら変更するものでないとの合意のもとに作成されたものである。従って、昭和四九年の賃料値上げ後は年三回の分割払、一月ないし四月分の賃料は四月末日に支払う約束であったのであるから、被控訴人が解除の意思表示をした時点では、賃料の支払期限は到来していない。

と陳述し、

被控訴代理人は、

控訴人は本件土地の賃借権どころか、被控訴人所有の本件土地そのものをも恣に永井に譲渡したのであるから、土地賃借権を無断譲渡した場合よりも一層強い理由で、控訴人には背信行為があり、被控訴人のした無断譲渡に基づく本件土地の賃貸借契約の解除は有効である。

と陳述した。

《証拠関係省略》

原判決四枚目裏五行目の「本件建物明渡」とあるを「本件土地明渡」と改め、同五枚目裏九行目の「乙第五号証」とあるを「乙第四号証」と改める。

理由

一  《証拠省略》中には、控訴人主張の本訴請求原因及び反訴抗弁1にそう部分があるが、そのうち被控訴人が本件土地を控訴人に売却する意思表示をしたとの点は、《証拠省略》に照らして措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。《証拠判断省略》従って、控訴人と被控訴人間に本件土地の売買契約が成立したものということができず、本訴請求及び反訴抗弁1は理由がない。

二  反訴請求原因1の事実、同2のうち控訴人が昭和五一年一〇月一六日永井に対し本件土地建物を代金二八一〇万円で売却し、同人から手付金二〇〇万円を受領したことは、当事者で争いがない。

ところで、賃貸借の継続中、当事者の一方に、その義務に違反し信頼関係を裏切って、賃貸借関係の継続を著るしく困難ならしめるような不信行為のあった場合には、相手方は民法五四一条所定の催告を要せず賃貸借を将来に向って解除することができるものと解すべきところ(最高裁判所昭和三一年六月二六日第一小法廷判決、民集一〇巻六号七三〇頁)、控訴人と永井との間の右売買契約によって本件建物所有権は永井に移転し、同人は本件建物を所有することによって本件土地を占有使用しているものということができ、これは控訴人が本件土地の賃借人として被控訴人に対し負担する善良な管理者としての義務に違反するものであることは明らかである。しかも、控訴人は右のように被控訴人所有の本件土地を永井に勝手に(控訴人が本件土地を永井に売却するについて被控訴人の承諾を得たものでないことは、《証拠省略》によって認められ(る。)《証拠判断省略》)売却したばかりか、控訴人は昭和五一年九月二三日被控訴人から本件土地を買い受けたから、本件土地の所有権を有すると主張し、被控訴人の本件土地所有権を争う態度に出ていることは、控訴人の主張に徴し明らかである。控訴人の以上の行為から考えれば、控訴人が被控訴人に対する本件土地の賃借人としての信頼関係にもとり、賃貸借関係の継続を著るしく困難ならしめるものであることは明らかであり、被控訴人は控訴人に対し、これを理由に民法五四一条所定の催告を要せず将来に向って本件土地の賃貸借契約を解除することができるものといわなければならない。そして、控訴人の右背信行為を理由に被控訴人が控訴人に対し昭和五二年三月五日到達の書面で本件土地の賃貸借契約を解除したことは、当事者間に争がない。よって、被控訴人と控訴人間の本件土地の賃貸借契約は、右により有効に解除されたものといわなければならない。

三  次に、被控訴人主張の本件土地の賃料及び賃料相当損害金の請求について判断する。

被控訴人が本件土地の昭和五二年一月一日から同五二年三月一〇日までの賃料、同五二年三月一一日以降本件建物を収去して本件土地を明け渡すまでの賃料相当損害金の支払を請求するのに対し、控訴人はこれが支払義務の存在することを争っている。ところで、原判決記載反訴請求原因1の事実は当事者間に争いなく、《証拠省略》を総合すれば、本件土地についての被控訴人を賃貸人、控訴人を賃借人とする賃貸借契約は、前記解除の時までは存続し、昭和五二年一月一日当時の賃料月額が金一三、二〇〇円であることが認められる。そうすれば、賃料等の弁済の抗弁の主張がなされない限り、被控訴人は控訴人に対し、昭和五二年一月一日から同五二年三月五日までの賃料、同五二年三月六日以降本件建物を収去して本件土地を明け渡すまでの賃料相当損害金の支払を求めることができるものというべきところ、控訴人は右弁済の抗弁を提出していない(もっとも、控訴人は、成立に争いない甲第一五ないし第一八号証、第二一ないし第二三号証(いずれも供託書)を提出しているが、右主張のない以上、証拠資料を検討するに及ばないが、付言すれば、この供託についてはその前提としての弁済の提供をした主張・立証は全くない。)。なお、被控訴人は昭和五二年一月一日から同年三月一〇日までは賃料、同年三月一一日以降本件建物を収去して本件土地を明け渡すまでは賃料相当損害金を請求すると主張するが、その趣旨は本件賃貸借契約の解除の効力が昭和五二年三月五日生じた場合には、賃料は同日まで、賃料相当損害金はその翌日以降につき請求するものと解される。従って、被控訴人の控訴人に対する昭和五二年一月一日から同五二年三月五日まで月額一三、二〇〇円の割合による賃料、同五二年三月六日以降本件建物を収去して本件土地を明け渡すまで月額一三、二〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める請求は理由がある。

四  次に、控訴人主張の本判決の前記事実欄一の主張について判断する。

控訴人と被控訴人間に本件土地について売買契約の成立したことの認められないことは前記のとおりである。そして、控訴人の心裡留保の主張については、一部これにそう第二審の証人己野好雄、大熊孝子の各証言、第一審の控訴本人尋問の結果は、《証拠省略》に照らして措信できず、その他にはこの主張を認めるに足りる証拠はない。従って、この主張は理由がない。

五  控訴人主張の同二の主張について判断する。

控訴人と永井間の本件土地建物の売買契約が控訴人主張のように停止条件付であったものであるとの証拠はなく、却って《証拠省略》によれば、永井は控訴人から本件土地建物を控訴人主張のような停止条件なしに買い受けたものであることを認めることができる。従って、控訴人が永井に対し本件土地建物を停止条件付で売買したことを前提とする控訴人のこの主張も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

六  控訴人主張の同三の主張について判断する。

被控訴人と控訴人間の本件土地の賃貸借契約が控訴人の著るしい不信行為を理由に有効に解除されたことは、前記判断のとおりであるから、控訴人のこの主張について判断をするまでもなく被控訴人の反訴請求の理由のあることは明らかである。

以上に認定判断したところからすれば、控訴人は、本件土地の賃借人として、被控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明け渡し、かつ昭和五二年一月一日から右明渡ずみまで一か月一三、二〇〇円の割合による賃料(昭和五二年三月五日まで)及び賃料相当損害金(翌六日以降)を支払うべき義務がある。

そうすれば、控訴人の本訴請求を失当として棄却し、被控訴人の反訴請求(本件土地の所有権確認をも含めて)を正当として認容すべきであり、これと同一結論にでた原判決は相当であり、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。よって、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木重信 裁判官 糟谷忠男 相良朋紀)

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